6人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
死神には、一人一冊の手帳が支給されている。
人の寿命を見極める我々は、死すべき者の名をその手帳に書き記していくのだ。
名を書かれた者は、しばらくの後に然るべき理由でその生を終え、冥土の煉獄、審判の場へと旅立つのである。
かく言う私は、既に何十年何百年と生者の道に終止符を打ち続けた、最古参の死神である。
今まで書いた人間の名は数知れない。
ある時は、数日分の仕事を一気に済まそうと横着をし、挙句、飢饉やら大震災やらの導火線に火を点けてしまい、上司の裁定役にこっぴどく叱られもした。
またある時は、悪人に圧せられた弱者を救わんとして悪人を殺した結果、後にその弱者がとてつもない大悪党になってしまい、暫く自己嫌悪から立ち直れなかった事もある。
何にしても、今思えば総じて昔の大失態にして身の上一の笑い話だ。
そんな私も、そろそろ職務を辞する時期が来た。
今まで共に切磋琢磨した裁定役が数日前に引退、新たな裁定役と交替したのだ。
私は、きっとそうなると思い、若い死神候補生を自分の下に付けていた。
幸いにして、彼はなかなか有能だった。
数年前はまだまだ慣れないヒヨッコだったが、今やその見極めは私でさえも舌を巻く程に成長していた。
安心した私は、彼に辞意を打ち明けた。
彼は突然の事に戸惑う様子だったが、やがて意を決したように、強い眼光をもって頷いてくれた。
そして今日、勤めの終わる日を迎えた。
今まで使っていた手帳を取り出して、まじまじと眺める。
黒革の表紙が、今では水に濡れた紙よろしくボロボロだった。
それを見て、私はこの相棒に労いを込めて笑みを送った。
そして、最終頁に肉筆でこう書き残した。
『業務完了につき、生終えたく候 死神丶』
そこで私の今世の意識は途絶えたのである。
最初のコメントを投稿しよう!