死神の手帳

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死神には、一人一冊の手帳が支給されている。 人の寿命を見極める我々は、死すべき者の名をその手帳に書き記していくのだ。 名を書かれた者は、しばらくの後に然るべき理由でその生を終え、冥土の煉獄、審判の場へと旅立つのである。 かく言う私は、既に何十年何百年と生者の道に終止符を打ち続けた、最古参の死神である。 今まで書いた人間の名は数知れない。 ある時は、数日分の仕事を一気に済まそうと横着をし、挙句、飢饉やら大震災やらの導火線に火を点けてしまい、上司の裁定役にこっぴどく叱られもした。 またある時は、悪人に圧せられた弱者を救わんとして悪人を殺した結果、後にその弱者がとてつもない大悪党になってしまい、暫く自己嫌悪から立ち直れなかった事もある。 何にしても、今思えば総じて昔の大失態にして身の上一の笑い話だ。 そんな私も、そろそろ職務を辞する時期が来た。 今まで共に切磋琢磨した裁定役が数日前に引退、新たな裁定役と交替したのだ。 私は、きっとそうなると思い、若い死神候補生を自分の下に付けていた。 幸いにして、彼はなかなか有能だった。 数年前はまだまだ慣れないヒヨッコだったが、今やその見極めは私でさえも舌を巻く程に成長していた。 安心した私は、彼に辞意を打ち明けた。 彼は突然の事に戸惑う様子だったが、やがて意を決したように、強い眼光をもって頷いてくれた。 そして今日、勤めの終わる日を迎えた。 今まで使っていた手帳を取り出して、まじまじと眺める。 黒革の表紙が、今では水に濡れた紙よろしくボロボロだった。 それを見て、私はこの相棒に労いを込めて笑みを送った。 そして、最終頁に肉筆でこう書き残した。 『業務完了につき、生終えたく候 死神丶』 そこで私の今世の意識は途絶えたのである。
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