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「誰にだってあるでしょー。忘れられない恋?ってやつー。」
居酒屋の片隅。周囲の喧騒に負けじと、先輩は声をはりあげる。握りしめたジョッキには残りわずかなウーロンハイ。もう何杯目なんだろ?
社会人になって一年がたつ。毎日9時-5時ってわけにはいかないけど、週休二日、ボーナスあり。電話応対に、お茶くみに、簡単な書類作成。絵に描いたようなOL生活。特に不満はない。
「ちょっとー、眞中ー!聞いてんのー?」
今日は月一のジョシ会ってやつだ。同じフロアの女性社員(とはいえ5、6人)ばかり集めての飲み会。主催は大抵、この酔っ払い…もとい、さやか先輩。29歳、独身。彼氏は…確かいたはず。大学の同級生だっけ?
「はーい、聞いてまーす。」
わたしは、小さく片手を挙げ答える。
女子ってやつは…いくつになっても、好きだなあ、恋バナ。女子ばっかで集まると特に。
「だからさー、成就しなかった相手ほど、心に残っちゃうもんなのよ。
諦めきれない、っていうか、もうずっと好きー!みたいな?」
さやか先輩、目が据わってる。呂律も危うい。
「それって今の彼氏に失礼じゃないですかー」
ひとつ上の先輩がちゃちゃを入れる。
「他の人が好きなのに、付き合っちゃってるってことでしょー?」
さやか先輩は眉間にしわを寄せ、腕を組む。
「いやー、彼氏は彼氏で、好きなのよ。ちゃんと。でもさ、ほら、なんかたまに思い出してさ、切なくなったり…さ。会いたくなったりさ。なーい?そういうの。」
「それって会ったら、焼けぼっくいに火がついちゃったりするんじゃないですかー?」
「浮気願望の表れですよー。一途じゃなーい!」
みんな口々に、声をあげる。わりと批判的。
「ええー、もーう。微妙な乙女心がわかってないよ、君たちはー!同じ女なのにー!」
さやか先輩は、ため息をはき、残りのウーロンハイを一気に飲み干した。みんなクスクスと笑い、新しいドリンクを注文しようと店員を呼んだ。
忘れられない、恋。
例えば、彼ともう一度出会えたら、わたしは懲りずにまた恋をするんだろうか?
今のわたしで、今の彼に。
騒々しい居酒屋の空気と、さやか先輩の呂律の回らない問いかけが、わたしの頭に、あの頃見ていた風景を呼び起こしていた。
ざわついていて、でもとてもクリアな、あの風景。
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