126人が本棚に入れています
本棚に追加
/95ページ
12/27 いよいよ出航!
二十七日、大津より浦戸をさして漕ぎ出づ。
かくあるうちに京にて生れたりし女子ここにて俄に失せにしかば、この頃の出で立ちいそぎを見れど、何事もえいはず。
京へ帰るに、女子のなきのみぞ悲しび恋ふる。ある人々もえ堪へず。この間に、ある人の書きて出だせる歌、
「都へと おもふをものの悲しきは かへらぬ人の あればなりけり」。
また、ある時には、
「あるものと 忘れつつなほなき人を いづらと問ふぞ 悲しかりける」
といひける間に、鹿児の崎といふ所に、守の兄弟、またこと人これかれ、酒なにと持て追ひ来て、磯におり居て別れがたき事をいふ。
守の館の人々の中に、この来たる人々ぞ、心あるやうにはいはれほのめく。
かく別れ難くいひて、かの人々の、口網も諸持ちにて、この海辺にて荷ひ出だせる歌、
「をしと思ふ 人やとまるとあしがもの うちむれてこそ われはきにけれ」
といひてありければ、いといたく愛でて、行く人のよめりける、
「棹させど 底ひもしらぬわたつみの ふかきこころを 君に見るかな」
といふ間に、楫取もののあはれも知らで、おのれし酒を食らひつれば、早く去なむとて「潮満ちぬ。風も吹きぬべし」とさわげば、船に乗りなむとす。
この折に、ある人々折節につけて、唐詩ども、時に似つかはしきいふ。またある人、西国なれど甲斐歌などいふ。
「かくうたふに、船屋方の塵も散り、空ゆく雲もただよひぬ」とぞいふなる。
今宵、浦戸に泊まる。藤原のときざね、橘のすえひら、こと人々追ひ来たり。
最初のコメントを投稿しよう!