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「なぁ、どっか行かねぇの?」 昭和風味のコンクリートアパートの、古びた板の間に続いた台所から声が響いた。 その声には応えず、読みかけの週刊誌を開いたままベッドに移動した。 この家でタバコを吸っていいのは、台所の換気扇の下と、ベランダ。 それに、ベッド続きの腰窓から半身を乗り出せばオーケーだった。 ベッドによじ登って、枕元に置きっぱなしになっているタバコを手に取った。 晴れ空の乾いた空気のせいか、タバコの先には難なく火が点った。 「なぁ聞こえてる?…」 鴨居にぶつからないよう、やや猫背気味に入ってきたのは、この部屋のあるじ。 手に持っているのは、律儀にハンドドリップで淹れたホットコーヒー。 香ばしい湯気をたてて俺の鼻をくすぐった。 コーヒーにそれ程執着はない。 けれど、コイツの淹れたコーヒーはお世辞抜きに美味いと思う。 そんなこと、言ってやらないけど…。
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