アネモネ

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春の暖かな風の吹く野原で、青年が一人転寝ていた。 年の頃は二十代前半といったところだろう。 灰色に近い銀髪は肩より少し長いざんばらで、横髪だけ後頭部で束ねられている。 硬い髪質だが細いそれは穏やかな風にさえ遊ばれて青年の顔を擽った。 髪の毛が鼻を掠め、青年は鼻をひくひくと動かしてうっすらと目を開く。 切れ長の瞳は一見人相悪く見えるが、その僅かに開いた瞼の間から見える翡翠の瞳は「澄んだ色をしている」と、共に旅をしている男は言っている。 この転寝ている青年の名をライトといい、共に旅をしているもう一人の青年をビランといった。 共に旅をしているといってもライトはそう思っていない。 正確なところは嫌がるライトにビランが無理やりくっ付いて来ているからだ。 そのビランを何とか撒いたライトは漸く一息吐いているところだった。 薄く開いた目の端に赤い花が映る。吹く風に揺られて、その度に視界に入ってくる。 気にしなければいい事なのだが、一度気にし始めるとどうしても視界の隅が気になってしまう。 怠気に目を開き顔だけを傾け花を見れば、それには赤だけではなく白や紫のものまで混在した。 花に詳しくないライトにはこれが何という花か分らないが、花は花だ。 知る必要性を感じない。 長く直ぐな茎の上に一重に八重に咲く花弁があり、それらが風に弄ばれる様が面白いと思うが、すぐに興味は失せライトが再び目を閉じ掛けた時、 「アネモネだね」 頭上から声を掛けられてこれ見よがしに舌打をした。 声の主はそれを歯牙にも掛けずライトの隣に腰を下ろす。 ライトの草臥れた黒色基調の装いとは対照的に、その青年は整った白色基調の詰襟の服を乱すことなく着用している。 髪は長旅の所為で少し長くなっているが綺麗に刈られているし、その金色に近い茶髪はライトのように煤けてもいなかった。 この青年こそが件の追っかけ旅仲間、ビランである。
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