暗闇。

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風が頬を撫でる。夏の終わりだけあって、その風はほんのり暖かく、ほんのり冷たい。 そんな中マイペースに歩みを進める俺の足は、大学とは違う方向へ進んでいた。 そう……藍の待つ、病院へ。 ここのところどうしても大学へ足が向かない。大学へ行き小難しい話を聞くことより、藍の顔を見ることの方が俺にとっては重要なことだった。 ……藍は脆いから。 今は「シン」である俺が傍にいてやらないと、色々と大変なんだよ。 病室でイキナリ「シン!」と叫び出したり暴れ回ったり。俺が顔を出さないと何をしでかすか分かったもんじゃない。……まあこれは実体験から学んだことだ。 それでも、俺は毎日藍に会いに行くことを面倒だと思ったことは無い。 藍の「シン」へのあまりの執着っぷりに疲れることはしばしばあるが、藍の幸せそうな顔を見ると全てが吹っ飛んでいくのだ。 だから、最近、麻痺するんだろうな。 藍の笑顔はまるで麻薬だ。嫌なこと、忘れていたいことをほんの一瞬だけ忘れさせてくれるのだ。 それに翻弄され、俺はほんの一瞬自分が「シン」であることを忘れる。そして藍に「シン」と呼ばれ、虚しい現実に突き落とされるのだ。
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