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「……そういや、最近あいつに会いに行ってないんじゃねぇの」
相変わらず私に目を合わせようとしない兄が、ぼそりと話題を変えてきた。
「あいつ?」
「彼氏」
何の事かときょとんとすると、兄は折った両膝に両肘を着いた両手の爪を見がてら答える。
兄には一真とどうなってるのか敢えて話してなかったのだ。
「距離置いてるの。9月には正式に別れるつもり」
私も兄と同様に顔を前へ向け、視線の先に在る父の黒いファミリーワゴンを眺めながら報告した。
兄の顔がこちらへ向く動作を視界の右端が捉える。
やっぱり多少は驚いたらしい。
「嬉しい?」
「は?……何で」
「正直に言っていいよ。翔も『好きになれない』って言ってたし、お兄ちゃんも嫌なんでしょ?」
ファミリーワゴンに私と兄の姿がぼんやり映し出されていて、兄が私の顔を直視している事を黒い車体の艶が教えてくれている。
「……嫌い……までは行かねぇけど、好きにはなれねぇ奴だな」
車体に反射して映る兄は顔をまた前へ向け、俯きながらサンダルの踵裏で足元の砂利を鳴らした。
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