2人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
俺がグラウンドへ向かうと、
「あ、黒沢君、いいところに。」
と声をかけられた。
―彼女は陸上部の顧問で、俺らの数学を担当してくれている大石先生だ。見た目にも評判があるのだが、昔、陸上大会で全国優勝したこともあり、学校中の男子だけでなく、男の先生、そして他校の生徒(主に男子)からも注目されているのだ。ちなみに、俺から見ると恩師、という言葉がしっくりくる。
「どうしたんですか?」
「今高橋君が足首を捻っちゃったみたいで…」
「それで、先輩は大丈夫なんですか?」
高橋先輩は俺がもっとも陸上部の中で尊敬している2年の先輩だ。常に全力投球だが、それが仇となって怪我をすることもしばしば。成績はかなりの上位で、1年で全国へ。努力の賜物、というやつだ。俺はそんな先輩を尊敬していた。
「うーん、本番までに治るかは正直言って微妙ね。」
「…そうですか。」
「で、保健室に行ってくれない?高橋君が黒沢くんを探して保健室に呼んでくれって。あ、着替えてからでいいから。」
「?は、はい。わかりました。」
なんだろう。先輩から直々に呼び出されるなんて珍しい。そう思いながら、俺は着替えて、保健室へ向かった。
―保健室に向かうと、高橋先輩が待っていましたと言わんばかりに、
「急に呼び出してすまんかったなぁ。」
と言ってきた。
「それはいいのですが、何か御用ですか?」
「んーとな、わて、リレーのアンカーやんか?」
「はい、そうですね。」
「ほんでな、リレー出れへんなったら代わりに走ってくれへんやろか?」
…はい?そんな重荷をかけられて俺の心拍数は跳ね上がらざるを得なかった。
「大石センセには言ってへんかったけど、わてはお前を後輩の中で一番信頼しとる。」
「で、でも、中村先輩とか獅童先輩の方が早いですし…」
「黒沢。」
俺の言葉の続きを遮るように先輩は俺の名前を発した。
「お前、入ったときゆーとったな、自分にしかできへん仕事がしたいって。それが今や。俺はお前にしかできへん思ったからお前に話しかけとるんや。」
「…」
俺は何も言わずに先輩の言葉に耳を傾けた。
「でや、もう一回言う。出られへんなったら代わりに走ってくれへんやろか?」
「…」
俺は少しの間考えた。それでいいのかと。俺のことを信頼してくれている先輩が頼みを受け入れていいのかと。
最初のコメントを投稿しよう!