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古めかしいハードカバーを数冊抱え、あるべき場所へと戻す作業をしている俺に対して、突如声が掛けられた。本棚の隙間から見えたのは、俺の赤とは正反対の青いネクタイ。
「君が、森島英司?」
低くて落ち着いた男の声は、すぐに新田先輩のものだと分かった。逆に言えば、彼の声を知らない奴などいないだろう。新田先輩と言えば成績は常にトップで、運動神経も抜群。図書委員の委員長を勤める傍ら軽音部の部長でもある。我が校が誇る、才色兼備の代名詞だ。特に、彼のエレキギターの演奏技術はプロが唸るほどに秀逸で、虜になった女生徒は数え切れないほど。愛用の赤いフェンダーを変幻自在に操りながら器用にボーカルまでこなす先輩は、誰もが一目置く存在。そう、この低くて甘い、男が聞いても憧れる声色は――間違いなく、新田一馬先輩のそれだ。
「はい、森島は自分ですが……」
返事が曇った声になる。あまりに突然の事態に、仕方のないことだった。
「やっぱりそうか。図書委員はどう? もう慣れたか?」
新田先輩が本棚の向こう側で、一冊の本を手に取る。こちら側と空間が通じ、目が合った。「やっぱり」ってどういう意味なんだろうか。疑問を残したまま、俺は当たり障りの無い台詞を返す。
「なんとなく……慣れてきた気がします」
「そうか。まぁ、もう入学してから三ヶ月だもんな。慣れてくれないと困る」
先輩が口を動かしながらパラパラとめくる分厚い本は、多分生物図鑑。暖かな午後の光が、無数に舞う埃をキラキラと縁取っていた。それから古いインクの匂いが漂う。知的な雰囲気を持つ端正な顔立ちをした先輩は、それだけで絵になる気がした。
「で、浅川奏美の話なんだけど」
先輩が醸し出していた温和な空気が、瞬時に尖る。浅川の名前が出るなんて、俺は思いも寄らなかったんだ。目を丸くするのがせいぜい、俺は言葉に詰まってしまう。
「浅川さん、ほら、いつも放課後に隅の席でシャーロックホームズを読んでる……彼女も図書委員だったよね」
「それが、どうかされたんですか?」
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