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新田先輩は表情を変えることなく、一言だけ発する。
「興味があるんだ」
図書室は依然として物静かだ。俺の心音が先輩に聞こえてしまうのではないかと思われるほどにだ。加速する躍動感とは真逆に、時間は緩やかに速度を落としていくような気もする。
先輩のオーラに毒された、不可思議な空間――。
「森島、俺は浅川の幼なじみでもある君に忠告をしておこうと思う」
「……なんでしょうか」
渇いた唇から弱々しく紡ぎ出された声は、俺自身驚いてしまうほどに緊張感を帯びていた。
「のんびりしてると、浅川は君から完全に離れてくぜ。いいか、本気になってみろ。俺はあと二年で卒業だ。勝負は卒業の日まで。理解してくれた?」
先輩があくまで淡々と口にした言葉は、俺への宣戦布告であった。まるで俺が、浅川のことを好きだと決め付けんばかりの勢いに、俺はまんまと気圧された。否定も肯定もする間は与えられず、先輩が図鑑を閉じる音で会話は終局を迎える。
そして、一瞬笑ったかのように見えた先輩の目元が、本棚の隙間に消えていった。
やっと蓋をされた互いの空間。俺は静かに、安堵の吐息を細長く放つ。しかし、先輩が図書室の扉を閉めるまでの十数秒間は、窓の外に佇む銀杏の木みたく、俺はただただ立ち尽くすことしか出来なかった。
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