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赤ちゃんの神秘だ。
生まれたばかりの赤ちゃんは、母親の乳首に唇が触れると例外なくくわえて吸い始める。
誰が教えたわけでもないのに。
例外なく?
いや、ミュウはくわえてくれなかった。
一度もおっぱいを吸ってくれなかった。
キョウはエリザベスがおっぱいを飲んでいる事に心底驚いたようで、エリザベスの頭を叩いたり身体を押したりする。
でもエリザベスは乳首を離さない。
必死に、そして夢中になっておっぱいを吸う。
エリザベスは欲しくて欲しくてたまらなかったもの、恋い焦がれて止まなかったものを、ようやく手に入れたのだ。
「パパ、泣いてる」
フィラに指摘されて慌てて袖口で目を押さえた。
「ミュウが帰って来たみたい」
アヤの言葉に驚いて彼女を見たら、彼女も目に涙を浮かべていた。
僕は言った。
「そう言えば、まだ君にオカエリを言ってなかった。長い間の入院、色々と辛かっただろ?」
すると彼女も言った。
「私もまだ言ってなかったわ。ミュウの悲しみが癒えない中での演奏はさぞ辛かったでしょう?」
「……アヤ、おかえり」
「あなたもおかえりなさい」
そして僕たちはキスを交わす。
暖かな口づけに、久々に生きた心地がしたような気持ちになった。
「おい、こんなの無理だ!って、おわっ?」
突然ルドの声がしたかと思うと、彼が部屋の中に入ってきた。
手にはシュレッダーの紙屑でいっぱいのゴミ袋を持っている。
最後の“おわっ”は、エリザベスがおっぱいを飲んでいたから驚いたのだ。
案の定彼は、「いつの間にか乳母になってしまってるじゃないか」とアヤと同じ事を言った。
そして疲労困憊した様子で言う。
「この中からDNA鑑定の紙を探し出すなんて不可能だ。頼むからもう一度鑑定をし直してくれ」
「やっぱりダメ?」
僕が言うと「無理無理」と手を横に振る。
「僕が探すから置いといてよ」
「本当にやるのか?たとえやっても絶対に挫折するぞ」
「私も手伝うわ」
アヤは笑いながら言ったけど、僕は彼女がDNA鑑定を随分“客観的”に捉えているように感じた。
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