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「雪……」
「雪を見るのは初めてですか?」
なんとなくの独白に返事したのは少尉ではなかった。
少尉は護衛任務につく軍人がよくとる不動の体制で一歩下がったところにいる。
迎えの人物の名は分かっていた。
海軍北方支部司令、萩興堅(はぎおきかた)。
養父と同じくらいの年の方でそれがやや緊張を解いてくれた。
柔らかな言葉は何もこの人特有の物ではない。
軍人の家からも公家の家からも商人の家からも百姓の家からも望めんで才が許せばなれるのが軍人だから、桜流国の軍人は目下の者にも丁寧だ。
力で抑えるよりも人格で圧倒して抑えるのを指揮官の素質ととる千年来の風習もあるのかもしれない。
「私のような者に出迎え、光栄至極に存じます」
用意していた言葉。
それはあちらも分かっている筈なのに、頷いてみせて。
「神代よりの使者をぞんざいに扱えませんよ」
そんな言葉で返された。
どこか、軍人らしくない言葉。
変な顔をしてしまったのか、弁明するように年月を刻んだ顔を笑みを刻んで。
「うちの父は国学に明るかったのです。幼い頃から皇統についてはよく習っております」
合点がいった。
皇統について記された記紀を読み解くのが国学で、国学を学ばれた方は勾崎についてよく知っておられるものだ。
神代。神。
難しい、言葉だと思う。
恐らく、私は知らなさすぎるのだろう。
神の一族として生まれながら、私の頭には人としての思想しか無い。
それでも、
言える言葉はあったから。
「私は私の勤めを果たしに参りました」
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