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そこは、神代の再演の場だった。
贅沢に朱が塗り込められた美しい柱が整然と並び、一点の淀みも許されぬ世界。
しんしんと降り踊る雪を物憂げに眺めて、少女は髪をかきあげた。
他の色に染まる事を許されぬ漆黒の髪がさらり、と少女の着物に落ちる。
長い睫毛に縁取られた瞳を瞑目するように閉じた後、少女は姿勢を正した。
目前には、美しい御簾が掲げられている。
乳白色の肌を持つ美しい少女は顔に合わぬ老成した表情で猫一匹いやしない御簾の向こうを見やった。
静かな、厳かな空気だけがそこに流れている。
「そちは、決して、幸せにはなれぬ」
それは、言葉だけを拾えば呪いの謡だった。しかし音は優しく、幼子を抱く母のように慈愛に満ちている。矛盾した声。
聞く者のいない朱の神座で少女は再会など望むべくもない我が子に思いを馳せる。
知るものが見れば、一種奇妙な光景だ。
外見だけを見れば、少女は彼女の娘と同じ年頃に見えるのだから。
「吾が、一度も幸せにならなかったのと同じように」
もう、戻らないものがあることを少女は知っていたから。
少女の名を、澪標。
創世の神の一族の末裔(すえ)と人は彼女を呼んだ。
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