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それにしても、と思う。
この光景はいつかの焼き直しだ。北へと向かう道中の。
やり直しなのかもしれない。
柄にもなく、馬鹿なことを考えた。
「聞いているだろうが、剣の師範を代々やっている」
少尉の声は淡々としていて落ち着いている。
「ご兄弟はいらっしゃるのですか?」
「姉が一人、妹が一人。生きてるのはその二人だな」
生きてるのは、で分かった。戦死した将校は正確な文書では死亡と扱われないからだ。殉死は神聖化され、籍は皇都神社の祭神の一柱とされる。
「先の戦で?」
私が皇都を発つ前、南で小さな小競り合いがあったと聞いていた。
「三つ上の兄だ」
感情の読みにくい声だった。諦めと寂しさが混じるような顔だった。
正式には姉妹がいることになっている私だが、共に育った兄弟はいない。
自分と似ているようでいて決定的に自分ではない人間の死というのは、酷く実感が薄い。
「良い方でしたか?」
「あまり周囲の評判は良くなかったな。兄は苛烈が過ぎたから」
それでも、優しく笑みを含むような口調。少尉がそんな兄を敬愛してることなど、人の感情に鈍い私でも分かる。
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