クチハテ

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気付けば、顔を上げて相対していた。 湖のような静かな目とぶつかる。一石を投じられた水面のように、僅かにそれが揺らいだような気がした。 陛下は柔らかく笑みを湛えながら尋ねる。 多分、 これが、彼女の皇帝としての有り様なのだろうと、素直にそう思う。侮られず、圧せず、包み込む。慈母と称えられることに納得してしまうような厳かさ。 担ぎ上げられた者の、悲哀。 「そなたが笙子ですか」 「はい、陛下。こうしてお目にかかれますこと、恐悦至極にございます」 「堅苦しい挨拶はよろしいです。この四阿では気儘に振る舞うのが作法です」 作法をあまり心得ていない私をおもんばかってくれる言葉。 生きやすい世界を生きてきた人ではないと、思った。 担ぎ上げられた。 借り出された。 自身の事情ではなく、他人の事情で動く者同士の感情がそこにはあった。
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