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庭園を出て息を吐く。
言葉で国を救ってきた人間と力で薙ぎはらうことで国を守ろうとした人間の差なのだろう。少し、気圧された。得たもの失ったもの。どちらが多いのか。考えても詮無い事ばかり浮かび上がる。ともかく、足を進める。控え室に戻らなければ。
流石にこの皇女だとすぐに分かる格好で戻る訳には行かない。
戻る、と言っても片桐の屋敷には帰れない。一応は極秘任務だからだ。
廊下を進む。丁度見知った姿が前からやってきた。珍しく正礼装で驚いたがよく考えればここはまだ宮の内だ。政庁とは違い未だに古の格式が息づく場所。恐らくは上奏の仕事なのだろう。
「どうしてここに」
「片桐少将」
自制を促す為の呼び掛け。宮の内ということで呼び方、口調、改めるべきは多くある。養父が難しい立場に立ってしまうようなことは避けたかった。
「……殿下は陛下と謁見を?」
「はい。北より呼び戻されました。また、戻ることになっておりますが」
なっている。つまりは事実ではないということだった。
「どこに行かれるのですか?」
「北の北です」
「本日はどこに?」
「宮の内に部屋を用意して下さっているようですので、そこで」
恐らく、陛下の気遣いなのだろう。親子の時間。
「恨みますか?」
思わず、尋ねてしまっていた。養父の顔がいぶかしげにしかめられる。
「とある、親子の話です。娘は実の子ではないのに慈しんでくれた親を置いて、戦場に行きます。娘も親を慕っているのです。しかし、身分と定めが隔てる」
「親にとっては……思っていてくれるだけでこんなに嬉しいことはありません」
「そう言っていただけると娘も気兼ねなく戦いに参れます」
されど、と養父は言葉を続けた。優しい声。飛びつきたいのを必死で我慢する、
「親はむしろ、一人で戦場に娘を立たせてしまうことを後悔しているのかもしれません」
「娘はもう一人ではありません。横に無愛想ではあるけれど優しい方がいらっしゃいますから」
名前を出すまでもない。あの方を思えば気持ちが楽になる。
一人ではないことはとても心強いことなのだと教えてくれた人。
「行って、参ります。片桐少将。次の邂逅を心待ちにしています」
養父が安心したように笑うのを認めて、一礼。まだまだ恩には報いきれていないがこれくらいは。
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