クチハテ

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宮の内で幾月が過ごした後。 得たもの、失ったもの。 私がゆっくりと考えていた時間。 秋月少尉は秋月中尉になり。 それでも私はまだ少尉と呼んでいたりして。そのままでいいと秋月少尉も言ってくれたのでそのままに。 そうして、冬の来る幾日か前。 私達は午前の内に皇都を発った。 行きに皇都の古本屋でお目当ての本を見つけたらしく、目に見えるくらいに機嫌のよい秋月少尉を従えて。 見送りは、無かった。 二人で駅から列車に飛び乗っただけ。北へと渡った日の焼き直しのような。 今度は少しだけ私が学習して、適当に皇宮で見繕った本を持っているのが違いと言えば違いか。 否。 心持ちが、違うのか。 開いた書籍の文字はあまり頭に入ってこない。 ただ、あるはずのない静寂のみが滞る時間。 その中で珍しく秋月少尉がこちらをじとりと見ていた。機嫌のよいように見えていたのは間違いか。 目で問うと非常に不満げな声。 「禮国に渡る訳だが、船だよな」 「当然、船ですよ」 海向かいな訳ですからと返せば唸る少尉。 もしかして、船が苦手なのだろうか。 「苦手なんですか、船」 「得意だったら水軍に行ってる……」 頭を抱え込んでしまう少尉であった。 にしても。「北では普通に乗ってらっしゃったではありませんか」 「短時間なら何とかなるが……すまないが、一人で行ってくれないか」 「ここまで来て何ですか」 窘めるようにめっ、と言う私。 私自身、船が得意かと聞かれればかなり疑問なところはある。長い時間乗るのは初めてだからだ。 また、ただ乗るだけではなくある程度の警戒も必要となると、やはり不安はある。
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