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「あの人は立派だし、その点については文句のつけようがない」
遠慮なく皿の上の刺身をひとまとめに浚い、口に放り込む五島大佐。箸の動きは優雅なのに、行動は稚戯めいている。
私は大人しく同じように刺身を咀嚼しながら次の言葉を待った。
「けど、俺とは違う理念で軍人をやっている」
「理念?」
「そうそう。俺はさ、戦しか頭に無い。物心ついた頃からこっち、どうやって戦争するかしか考えたことがない」
言葉が思いつかなかった。
「興さんとは根本的に違うんだよ。勿論、君ともね」
皿の上の刺身は半分にまで減っていた。遠慮という単語を彼は知らないらしい。
「戦う、理由ということですか?」
「そうだね。三文小説にありがちな、大切な人を守りたい、それが興さんだとしたら俺は嫌いな奴を殺したい、なのかな。君の場合はそうだな―
自分の居場所が、欲しいからじゃないのかな」
「そ、それは―」
「片桐少将は良い人だ。
うん。
珈琲奢ってもらったことがある。
良い人だ。良い人だ。
けれど彼は職務に忠実すぎる。君は無意識の内に刷り込まれてるんじゃないかな。優秀な、兵器じゃなければならないって。何せ君の家族なんてどこにもいない。
皇家も片桐も勾崎もどこにも君を無条件で受け入れてくれる場所なんてない。君は一人ぼっちだ。一人っきりだから、少しでも一人ぼっちにならないために戦争しているんじゃないのかな」
「違います、それは―」
「それは、何なんだい?
違うの?
何ならここで役目から逃げ出してもいいんだだよ。
何もかも失うかもしれないけれど本当にみんなが君を本当の家族だと思っていたら許してくれる筈だよね」
空中に飛散した言葉は、私を容易く突き刺す。
私は足からひたりひたりと黒い手がのびてくるのを感じた。
暗い暗い沼の底に、落ちていくような感覚。
それは久しく忘れていた、坂を下るようなあの感覚だった。
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