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ここがどこなのか。
今はそれが重要だ。
訳のわからない状況だが混乱するということはなかった。
今までも度々こういうことはあったのだ。
酒を飲んだ訳ではないのに突然記憶がなくなることが。
自分が誰なのかはわかるが、家の場所や家族の居場所すらわからない。
もともと家族は皆死んでしまっているのかもしれない。
加奈子はいつものようにまずは市役所へ足を向けた。
どこにあるかはわからないが、案内板位はあるだろうと高を括り暗い路地裏から大通りに抜け出すことにした。
一歩路地を出ると立ち並ぶビルが辺りを遮断し、せかせかとありのように歩き回っている人の波が押し寄せてきた。
人はスーツを着こみものものしい鞄を持ち歩いている。
白い簡素なワンピースにワニ革のバッグのちぐはぐな自分が恥ずかしくなった。
人波は何かに統制されているようにきっちりと流れている。
その一塊になった障害物の先にどうにか役所らしき文字が読み取れた。
加奈子はため息をつくと、嫌になるほど赤いハイヒールに四苦八苦しながらコロンの匂いが漂う人波に飲み込まれていった。
流れに逆らうのは自殺行為だ。
そのまま真っ直ぐ建物に歩いていこうとした加奈子はすぐに悟った。
腰の悪そうなお婆さんでさえ驚くほど俊敏に人を避けている。
ひとまずはこの流れに身を任せよう。
慣れないハイヒールが液体になってしまいそうな速度で足を動かした。
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