アカサカ

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道の終わりに一つの家が見える。 ペンキのはがれたような赤い屋根、古い汚れが目立つ白い壁。 地図が正しければ、あそこが赤坂町五番地。 近くに他の家はなく。 ただ一軒のみ場違いな様子でたちつくしている。 駅から大分歩いてきたが加奈子の他に誰も道を歩いていなかった。 早朝であることは関係ないだろう。 むしろ農家は朝早い時から活動しているはずである。 気持ちの良い風が通り抜けた。 遥か後ろから加奈子の背中を一回り撫で、軽々と木々に登っていく。 まだ緑に色づいている葉が風においやられ数枚はらはらと落ちてきた。 何度か石につまずき転びそうになりながら、家の前にたどり着いた。 砂利道を歩くのにハイヒールは適さない。 近くで見ると白い壁の汚れが、遠くで見たときよりより際立ってみえた。 「何も思い出せないよ」 加奈子は壁の割れ目を指でなぞった。 壁はひやりと冷たい。 耳をあてた。 何かを聞こうとしたわけではない。 ただ冷たさが心地よかった。 かさかさと樹のすれ合う音が伝わってくる。 地中に蠢く生き物たちの息づかいさえ聞こえてきそうだった。 それに混じり、壁を指で叩いたような音がした。 木の葉か虫か、壁にぶつかってしまったのだろう。 加奈子はさほど気にせず、壁の音をまた聞こうと耳をあてた。 ふいに、肩を叩かれた。 「なにしてるんだい?」 背の高い落ち着いた雰囲気の男が買い物袋を持ち立っていた。 「僕の家の壁から何か聞こえるの?」 男は加奈子が答えるより早く続けた。 「誰か探してるの?」 心配そうに覗きこんでいる。 その目は藍色が深く沈み込み、不思議な魅力を映し出していた。
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