必然的恋路

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あれは確か、冬休みを目前に控えた12月のある日。 たまたま早く目が覚めた日だった。家にいてもやることがあるわけでもないし、いつもより早く登校したあの日。 まだ誰もいない校舎は冷たい空気に包まれていて、朝日が差し込んだ先には舞い上がる埃が白く漂っていた。 たかが埃が輝いて、眩しく光っていたのだ。 いつもとは違ういつもの学校で、珍しくもない現象が幻想的だとさえ感じた、ある真冬の朝。 誰もいないと思っていた教室には、もうそこに人がいた。 きらきら輝く光の線の先。 窓際の席で本を読んでいたのが、桜木恭子だった。 穏やかな微笑で視線を上下させながら読み飛ばすこともなく、そうか、この子はこの本に夢中になっているんだな、とすぐに分かった。僕が教室に入って着席しても気がつかなかったからだ。 椅子を引いた音や鞄を置いた時の音だとか、それなりに大きく響いたのに、全く気づかなかった。声をかけてはいないけれど、そんな物音も耳に入らないのか。 僕には活字だけの本を読む習慣があまりないから、それほど入り込むことが、ただただ驚きだった。 窓際にいる桜木恭子と僕は、二列分の机を挟んだ距離で、どこか違う空間にでもいるように、奇妙な時を過ごした。 もちろんそう思っているのは僕だけなんだけど。 刺すような冷気が空から降りてきて。だけど太陽は眩しくて、きらきらを浴びる桜木恭子がページをめくる。僕が携帯のボタンをぽちぽちと押す音を出す。 それはそれは静かな教室では、時計の針だって叫ぶように主張している。 カチコチ、ポチポチ、パラリ。二人も人がいるのに、その繰り返し。奇妙だ。 ……桜木恭子の息づかいまで僕の耳には届いていた。 二人してコートとマフラー着用のまま、真冬の教室で、賑やかな声が少しずつ増えてくるまで、あれは40分ぐらい経った頃だっただろうか。 いや、もっと長かったような気もするけど、何せ妙だったからよくは覚えていない。 とにかく短いような長いようなその間、桜木恭子は僕の存在に気づくことなく読書に没頭していた。 僕は何だか落ち着かない気分で居心地悪く感じていたのに、そこから出て行かなかった理由は、後から考えても分からない。 それから一週間も経った頃には冬休みに入り、だんだん薄れていった記憶。 三学期の幕開けには完全に忘れていた。いつもの登校時間に戻ってたし、あれ以来、桜木恭子と二人きりになることもなかった。
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