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『ねぇ、君は誰?』
イスクドールの頭に直接響く声。
問い掛けてくるのは、手の平に収まる程に小さな光の玉。
イスクドールの顔の上で、ふわふわ不安定に浮かんでいる。
光の玉の声は、幼い男の子のように無邪気で明るい。
でも、それはこの場所にはひどく似つかわしくない。
イスクドールの身体は、ゆらゆらと真っ黒な海の上で一人孤独にたゆたう。
空や周りの景色、全ては夜の黒よりも濃縮された闇が広がり、視界に映るのは見知らぬ光の玉だけ。
海の水は生温くて、粘液を帯びたように重たく、その上で浮かぶ自分はまるで羊水に漂う無防備な胎児のようだとぼんやりと思った。
そんな記憶なんて何処にもないのに。
『ねぇ、君は誰?』
繰り返される光の玉からの問い。
――イスクドール
胸中で自分の名を呟いた。なぜか声が出ない。
『なら、君はいつからイスクドールだったの』
――いつ?
イスクドールの思考が急に乱れる。
その問いは不快で吐き気がする。
それなのに、光の玉はおどけながらしつこく聞いてくる。
『ねぇ、ねぇ』
『ねぇ、早く思い出して』
『ねぇ、早くしないと全部無くなるよ』
『ねぇ……、思い出せないの……』
『どうして忘れるの……』
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