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ぶつりと大きな音をさせたくせに、今度は痛くしませんでした。
それきりです。
私は起き上がり、電器とテレビをつけて服を着替えました。何の変哲もない暮らしの再開です。思い出そうがどうしようがご飯は食べたくなりますし、作らなくてはなりません。耳がなくなったことも、髪の毛で軽く覆ってさえいれば何事も起こりません。さいわい道端の死骸にすら誰も気付かないのですから。
私の生活は元通り前へ前へと続きます。けれど私の耳は、彼のもとにあります。私は彼の言葉をあまさず拾い、きっと送ったであろう血液の脈打つ、彼の鼓動を捉えます。
「なぜあなたはそんなに悲しい目をしているの」
私は忙しく本をしまい、犠牲めいた気持ちを許さないあなたが帰るときを、待ちわびています。
月の灯る晩にのみ鍵を開けて、私は、待っています。
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