消えたい私と手品師

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ぐうっ、と身を乗りだす。 空の色が海に映っているという話は、案外ほんとうなのかもしれない。 夜の海は真っ黒で、まるで底がないみたいだった。 微かな灯りに照らされ映った私の顔も、揺れる波に見えなくなった。 「落ちるなよ」 後ろから聞こえた声に振り返ると、背の高い男の人が私を見つめていた。 その人も、夜に溶けそうな服をきていた。 「落ちませんよ」 「なぜわかる」 「海に落ちたら、」 「落ちたら?」 「死んじゃう」 男の人は暫く黙って、驚いたなと、呟いた。 「君はてっきり、これから死んでしまうのかと思っていた」 「止めるつもりだった?」 「いや」 男の人は座り込んだ。 「君の勝手だ」 私はこの人が好きだな、と思った。 私も男の傍に座り込んだ。 「あなたは誰なの」 「難しい質問だな。まぁ、しがない手品師だ」 「手品…」 私は昔パパと見に行った手品を思い出した。 手品師が黒い布をきれいなお姉さんにかぶせる。 杖をふると、お姉さんはなんと消えてしまったのだ。 なんてあっさりと。 パパは呆気に取られる私の横で子供みたいに喜んでいた。私はそんなパパを見ているのが幸せだった。 でもパパもそのあと、消えてしまったのだ。黒い空を覆う、たくさんの飛行機によって。 あれは悪魔だ。 悪魔の、化身。 「手品師のおじさん」 「む。お兄さんと呼んでくれないか。それで…なあに」 「人は消えたら、何処へいくのかな」 「あぁ…」 ため息みたいに吐いたおじさんの呟きが白いもやになって消えた。 「君は何処だと思う」 「わかんない」 本当にわからなかった。 消えたパパは何処にいってしまったんだろう。
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