2人が本棚に入れています
本棚に追加
ぐうっ、と身を乗りだす。
空の色が海に映っているという話は、案外ほんとうなのかもしれない。
夜の海は真っ黒で、まるで底がないみたいだった。
微かな灯りに照らされ映った私の顔も、揺れる波に見えなくなった。
「落ちるなよ」
後ろから聞こえた声に振り返ると、背の高い男の人が私を見つめていた。
その人も、夜に溶けそうな服をきていた。
「落ちませんよ」
「なぜわかる」
「海に落ちたら、」
「落ちたら?」
「死んじゃう」
男の人は暫く黙って、驚いたなと、呟いた。
「君はてっきり、これから死んでしまうのかと思っていた」
「止めるつもりだった?」
「いや」
男の人は座り込んだ。
「君の勝手だ」
私はこの人が好きだな、と思った。
私も男の傍に座り込んだ。
「あなたは誰なの」
「難しい質問だな。まぁ、しがない手品師だ」
「手品…」
私は昔パパと見に行った手品を思い出した。
手品師が黒い布をきれいなお姉さんにかぶせる。
杖をふると、お姉さんはなんと消えてしまったのだ。
なんてあっさりと。
パパは呆気に取られる私の横で子供みたいに喜んでいた。私はそんなパパを見ているのが幸せだった。
でもパパもそのあと、消えてしまったのだ。黒い空を覆う、たくさんの飛行機によって。
あれは悪魔だ。
悪魔の、化身。
「手品師のおじさん」
「む。お兄さんと呼んでくれないか。それで…なあに」
「人は消えたら、何処へいくのかな」
「あぁ…」
ため息みたいに吐いたおじさんの呟きが白いもやになって消えた。
「君は何処だと思う」
「わかんない」
本当にわからなかった。
消えたパパは何処にいってしまったんだろう。
最初のコメントを投稿しよう!