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「丸海先生、つい先日“実家を出て独立した”とおっしゃいましたが、なぜこんな山里へ…!?」
「うむ、内田氏。山里は良いぞ」
「いや、私が言っているのはですね…片道二時間は大変なのですよ。どうせ家を出るなら都心へ来て頂きたいと思うのですが…」
「何を言う。両親の住む実家は更にここから二時間はなれた片田舎。山里どころか村人が何人いるかといった僻地だ。
そこからこの山に来て出版社からも大分行き来し易いのだよ。」
「東京に来いぃぃぃぃぃ!!!」
ついには激昂する内田氏。
「まぁ待て。そう怒るでは無い。私がこの山里に住むのには大切な理由が有る。
森は良いぞ内田氏。執筆活動に当たる中で木々に触れ、鳥の声を聞き私はインスピュレーションを得るのだ。
都会のコンクリートと排ガスのただ中ではどうも気持ちが削がれてならん。」
「では、原稿は上がったのですか。
先生、せめてファックスぐらい使える様になって下さいよ…!!」
「内田君、何をそんなに焦っているんだ。
君が焦っても原稿は私の手元には無いよ。」
若いくせに落ち着いた物腰である。
子供をなだめる様な口調で若僧は続ける。
「私はこの前、
“陽之頃”を発表したばかりでは無いか。あれは何万部売れたかね?」
「確かに先生のデビュー作“陽之頃”は13万部のベストセラー。ですが次回作を望むファンの声は殺到しているんです!
先生…」
「落ち着きたまえよ、さっきも言った通りだ。
まだ原稿は書き上げていない。」
「先…てめぇっ!!」
思わず口調が荒くなった。内田編集は握り拳を作ったがあと一歩の所で、机に打ちつけるに留まった。
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