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犬井湾吾(24)は今日、晴れて刑事に昇格し、ワンニャン署に初出勤を果たした。空は青く澄み渡り、4月だが正に五月晴れの空模様である。
「いよいよ自分も刑事デビューか…!」
新調したスーツを着て、犬井刑事は張り切ってワンニャン署の門をくぐったのであった。
故郷のワンコ村では、小さいながらも仲の良いワンコ署の仲間達が激励の送迎会を開いてくれた。
そこで署長が言っていた言葉を犬井刑事は思い返していた。
『ワンニャン署には、有名な敏腕警部がいるらしいぞ。三十代にして捕まえた凶悪犯は数知れずの伝説の警部らしい。』
その言葉に熱血漢の犬井刑事の心は踊った。そんな動物がいるならば、是非とも師匠と仰いでその活躍の手伝いがしたい!
そう、そう思ってワンニャン署へ勇んで乗り込んだのが、今では夢のようだ。
「俺が、猫玉川三郎、このワンニャン署の警部、だが」
そう名乗ったのはボサボサの毛並みのくたびれた虎猫で、いかにもやる気が無さそうに煙草をふかして頭を掻いている。
このオス、どこか酒臭いのは気のせいだろうか。
「あ、あの、本官は今日付けでワンニャン署に配属になりました、犬井湾吾であります!」
緊張気味に犬井刑事がそう伝えると、猫玉川警部は元々寄っていた眉間のしわを更に深くして耳を垂れた。
「うるせえな、二日酔いに響くだろうが…」
「も、申し訳ありません…」
犬井刑事はチラリと猫玉川を見た。その顔には左の眉から頬に掛けて、大きな傷跡が走っている。その傷跡に負けない鋭さで、輝いているのが二つの目だ。
それだけを見たならば、正に伝説の敏腕警部の様相なのだが、どうにもこのオスからは覇気が感じられなかった。
二日酔いに眉間を寄せて目を閉じ、時折『だりぃ…』だとか『あーもう飲まねえ…気持ちわりぃ』だとか『めんどくせぇ…』だとか、そんな呟きが耳に入ってくる。
犬井刑事は今日からの刑事ライフに不安を覚えるしかないのであった。
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