47642人が本棚に入れています
本棚に追加
/1048ページ
「……市村桜さん。信じて貰おうとしている人間の台詞では無い事は、重々承知の上で言わせて貰います」
それでもこれは、言わざるを得ない。
「少しは疑ってください」
信じ過ぎだ。
「『にわかには~』って、最初に言ったよ?」
「最初だけじゃないですか」
軽く判断材料を見せただけだぞ、俺は。
「市村昭久さん、娘さんは大丈夫ですか?」
無性に心配になってきた。
「こう見えて、桜が人に騙された事は一度も無い。少なくとも、俺が知る限りではな」
しかし、返ってきたのは意外な言葉。
「あと、呼ぶ時は『昭久』だけで良い」
「あ、私も『桜』だけで良いよ、宗助」
「あ、はい───。……『宗助』?」
いきなり呼び捨てにされた?
「うん、『宗助』」
聞き違いだったり、言い間違いだったりはしなかったらしい。
「……桜さんがそう呼びたいのであれば、俺は構いませんが」
「あと、『桜さん』じゃなくて『桜』って呼び捨てして欲しいかな。だって、私より少し年上でしょ? それなのに『さん』付けって、何だかくすぐったいし」
一度、昭久さんの方を見る。
特に妙な表情は浮かべていない。
それなら構わないだろうか。
「それなら、『桜』と呼ばせて貰います」
「敬語は取れないの?」
どうしてこんな、フランクさを求められているんだろうか。
「取ろうと思えば、取れますが……」
「じゃ、取ってね」
「………。分かった」
まあ、深い意味は無さそうだ。
「宗助」
俺が何とも言えない気持ちを誤魔化していると、昭久さんが俺の名を呼んだ。
「これから、どうするつもりだ?」
いきなり答えに困る内容。
「流石に……自分でも、どうすれば良いのか分かりません」
答えられるのは、そんな言葉。
乾いた笑みのオプション付きで。
「この世界での常識すら知らない俺では、職に就く事も難しいでしょうから……」
野垂れ死に、というのが嫌にリアルな響きを持ってしまった。
最初のコメントを投稿しよう!