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「これはこれは……、驚きましたね。渡瀬宗司様はてっきり、飛鳥様以外の女性に興味が無いものとばかり思っておりましたが」
からかう様な、或いは勘ぐる様な。
「白蛇」の嫌な視線が絡みついてきた。
俺は溜め息混じりに口を開く。
「お前に対しては、口を動かすのすら面倒だ。俺は用事を済ませる」
半分演技、半分本音の言葉を零しつつ。
リーズロットさんが居るであろう部屋の扉に手を触れる。
そのまま扉を開き、中へ。
俺が部屋の中に入って扉を閉める直前、見えた深緑の眼(まなこ)。
視線を断ち切る様に、俺は勢い良く扉を閉めた。
「はぁ……」
思わず漏れた吐息。
「ノックくらいはして欲しいものです」
思わず流れた冷や汗。
……首筋に、剣が、触れているよ。
「話し声が聞こえてきたので、来る事自体は分かっていましたが」
目の前にある扉を一途に見つめ続けていると、剣が離れていった。
ひとまず安全になったと判断して、俺は声の主の方へと振り返る。
「だったら俺の事情も汲んで、情状酌量の余地が無かったか検討して欲しかったんだけどな」
それにまあ、自分の事情を考えた行動ではあったけど、自分だけの事情って訳でも無かったし。
「声が聞こえてきたとは言いましたが、話が聞こえてきた訳ではありませんよ?」
さっき俺の首筋に当てられていただろう剣を、手慣れた様子で鞘に納めるリーズロットさん。
……って、ああ、成る程。
内容までは分からなかったのか。
「何やら険悪な空気だったのは、察せられましたが」
その程度なら、まあ情状酌量の余地を検討する事なんて無理だったか。
話が聞き取れたとして、リーズロットさんがそれを検討してくれたかどうかはこの際気にしないでおく。
さて、これは話しておくべきなのかどうか。
あの「白蛇」とリーズロットさんの間に縁が───いや、「因縁」があるのは俺も知っている。
とても「挨拶程度は」なんて気軽さで顔を合わせられる二人じゃない。
そもそも、顔を合わせるべきじゃない。
俺が事実を語れば、リーズロットさんはあの「白蛇」を探そうとするだろう。
俺が「会うのは止めておくべきだ」と言って、意味はあるだろうか。
俺が事実を語らなければ、「白蛇」の何らかの企みは高い成功率を維持するだろう。
俺が手回しをする事は、意味を為すだろうか。
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