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見下ろす男はひどく不機嫌そうに私を睨み付ける。
「……見てるじゃないか。こんなに真っ直ぐに」
なんとか呼吸を整え答えると、綺麗な顔がさらに近づいてくる。
ついさっきまで不機嫌丸出しだった顔は悲しみとも苦しみとも言えぬ複雑なものに変わっていた。いつもへらへらしてるくせにそんな顔をすると妙に色っぽいんだ、この男は。ただ、目の前の彼に色っぽさは消え失せ苦しげだ。
「なんて顔してるんだ、おまえ」
「違う」
なにが、と問う前に男は喋りだす。
「あんたが見てるのは俺じゃない…」
「…わからないな。私は目の前にいるお前以外見れない状況なんだが?」
「だから、そうじゃないんだよ…!」
床に拳を叩きつけ声を荒々しく上げる男は、今にでも泣き出しそうだ。
彼は私の両手の拘束を解いて二人の体の境界が広がる。押し退ければ簡単に男を自分の上から退かすことができるが、私は逃げ出さない。
じっと彼を見つめた。視界から反らさずに、真っ直ぐに。
「あんたは、一度だって俺を見てくれたことなんかない。俺はこんなにもあんたを見てるのに、あんたはキスの後も抱いてる時も、今この時だってあんたの見てるのは何時だって居なくなったアイツなんだろ…っ」
溜まった毒を吐くように男は言葉を叫ぶ。
この男はそんなことを気にしていたのだろうか。ふと、彼が口付けの後、情事の後、いや何時だろうと泣き出しそうな顔をしていたのが脳裏を過る。
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