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「なんて顔してるんだよ、あんた」
「自分がどんな顔してるかなんて、鏡でも見ないと判らないよ」
なぁ、どんな顔してるんだ私は。
「泣きそうな顔してる」
首から下げてたチェーンに絡んでた指がそれから離れ、優しく私の目頭をなぞってそれから手のひらでほほを包まれる。
くすぐったくて私は目を閉じる。
「ごめん」
「何で謝るんだ」
急に謝罪した男がなんだかおかして私は笑った。たぶん、さっきより私らしさを取り戻している気がする。頬を包む手の暖かさが少し波立った心を落ち着かせる。
「あんたを悲しませたから」
「別に悲しんでなんかないよ」
頬を包む温もりに自分の手を重ねる。大きくてかくばった手がひどく心地良い。
「…待っていたのかな。分からない」
自嘲気味に洩らすと男は今日初めての笑みを浮かべた。コイツは笑うと妙に子供っぽい。
「自分の事なのに?」
「自分の事だから、だよ。自分の事を全部知ってる奴なんて早々居ないさ。人は簡単に変化する。今の自分の価値観や常識が次の日には変化するなんてよくある話さ。人は不変であることが出来ない生き物なんだよ。そのくせ、自分がいつ変わったのか覚えていない。変わった自分を今までの自分と簡単にすり替え、さもそれが今までの自分と寸部の違いがないように錯覚するんだ。だから、自分の全てを知るってことは変化する前の自分をすべて把握するってことだって私は考えてる」
「じゃあ、あんたも気付かなかった?」
「…待つのは好きじゃない、筈なんだがな」
どこかで期待していたのかもしれない。ここに居ればアイツに会えるんじゃないかと。しかし時が経つにつれ私は変化し、待っていた私を忘れてしまっていたのかもしれない。
自分が曖昧と言うことがこんなに惨めなことだと、私は気付かざるを得なかった。
「じゃあ、俺を拒まない理由は?」
確かに恋人を待つ女が他の男と寝たりしないか。なら何故?と考えたらあっさり答えが出た。とても簡単で惨めな答えに私は思わず笑ってしまった。急に笑った私を不思議そうに見つめる男に私は言った。
「…私も寂しいんだよ。きっと」
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