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真琴が立っているところは今は沼と化している円よりは若干ではあるが距離はある。
成人した人間一人を呑み込むには打って付けな大きさの円だ、このまま行けば真琴は呑み込まれずに済むだろう。
このまま黙って呑まれるわけにもいかず悠太は一応もがいてみるも、沼から足は抜けずじまい、しかももがけばもがくほど落ちていく速度は早まっていくだけ。
そんな様子を見てるだけで手も足も出ない真琴は悔しさで奥歯を噛む。
せめて何か掴めるような棒がないかとぐるりと見渡すも、ここは住宅街。あっても取り外し不可能な物ばかり。
いっそのこと止まっている人間を棒として扱ってやろうか、なんて混乱が最高になり余裕もない真琴は馬鹿なことを考えてしまう。
どうすればいい、答えはない。
「……ッ!!」
意味がわからない状況に、真琴は発狂したくなった。遊園地でジェットコースターに乗るときみたいに意味もなく叫びたくなった。
それは悠太も同じことだろう。
呑み込まれていく少年、見ていることしかできずにいても解決策を探す少女。
二人の精神はこの上ないまでに追い詰められていた。
――だが、それは唐突に終わる。
悠太が胸辺りまで沼に呑み込まれたときだった。
今まで悠太しか呑み込んでいなかった沼が急に範囲を広げ、真琴の足下に滑り込む。
いきなりバランスを奪われた真琴は持っていたエコバッグを取り落としてしまい、沼の表面に利き手を付いてしまう。
「真琴……ッ!!」
悠太の中性的な声は悲鳴を作り、真琴はそんな悠太に咄嗟に空いていた左手を伸ばす。
だがその手は空(クウ)を掴むだけで求めた手はゾッとするほど黒く深い沼の中。
完全に見えなくなってしまった従兄に理性はプツリと途絶え、かろうじて留まっていた意識は自らも沼に絡めとられるように呑まれたあとに飛散した。
残っていたのは、えもいえぬ冷たい液体に包まれた感覚と従兄の悲鳴だけ。
彼女らが呑まれたあとには沼も何事もなかったかのように消え、持ち主の手から離れ取り残されたエコバッグだけがかさりと音を立て自らの時を止めた。
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