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真琴は直面した状況に錯乱したくなる。
起きて、夢を見たと認識する前に顔の横スレスレで何かが掠めた。
いきなりのことに真琴は目を見開き、掠めたものを確認するため視線を動かす。
ふさふさとした茶色い毛に覆われた大きな腕、それからは獣のにおいがする。
小さなクレーターに気付いたときには第二波が来ていた。
反射で飛び退けば、自分が寝転がっていた場所にまたクレーターができる。
そして、認識したのだ。夢を見ていたんだと。愉快で不快な兄弟と優しい従兄とつい最近交わした会話の夢を。
真琴は泣きたくなる。
小説にあるように体が軽いわけでもないし、何かがみなぎるわけでもない。
従兄みたいに自分はなんの力も与えられず、潜在能力すら引き出してもらっていないのだから、それは当然だ。
なのに、真琴は目覚めて早々に異世界にトリップした主人公特有の不幸に見舞われた。
「……クソッタレが」
目の前には巨大な狼。なのに尻尾は二つに分かれ、額には鋭い角が一本生えている。モンスターだと真琴は胸中で吐き捨てる。
きっとこの狼モドキのねぐらに自分が突然現れた類だろうと推測するも、真琴は非力な人間だ。
この世界の常識も知識も何もない、生まれたての赤子のように本能だけを有して落とされたようなもの。
「……怨むぜ、あのときの神やら自分自身になぁ!!」
尖った角の先を向けながら、未だ寝転がる少女に突進してきた狼モドキを見据えて彼女は叫ぶ。
耳を引き裂く轟音が、薄暗い洞窟内にこだました。
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