392人が本棚に入れています
本棚に追加
剣闘士、と呼ばれる闘技場の戦士は普通なら訓練を施されてからフィールドに立たされると記憶していた真琴にとって、これはいろいろな過程をすっ飛ばした予想外なもの。
しかも、目の前には理性なき合成獣キメラが存在している。
剣奴にされたのだとしたら、一応この熱気渦巻くフィールドに納得も行くが、戦い方など知らない真琴にとってこれは絶望の領域。
死が訪れない痛みが約束された舞台に、真琴は血の気が引く。
「……なんで」
襲い掛かるキメラの動きをなんとかかわし、真琴は無意識にそうもらしていた。
なんでこんなことになるの、一ヶ月で刻まれ押し込んでいた疑問が堰を切ったみたいにわきあがる。
体をいじられることを強要され、次には戦うことを強要される。
なんて不幸で理不尽な生活だ。きっとここでも食事と衣服は確保できない。確保できたとしても、それはわずかだろう。
誰かを圧倒する能力はない、あるのだとしたらそれは不死の体と毒の耐性、腹の丈夫さに魔方陣の知識、地球で習ってきた常識と他の知識、そして下らないことでも屈せず笑う精神くらいだ。
順応力はきっと高い。地球での暮らしはその力を高めるくらい理不尽にあふれていたのだから。
理不尽にさらされたら誰かを恨むことをし、爆発しそうになる感情を押し込んでは同じく理不尽にさらされた従兄に笑いかける。
どいつもこいつも嫌になるくらい自己中で、嘘は尽きることない世界は果てない。
真琴の中の精神は頑強にて酷く歪んで作り上げられた不安定で歪なモノ。
正気は狂気。狂気は正気。偽りを真実を、すべてはごちゃ混ぜぐるぐる回る。
――目眩がし、吐き気がした。
「死にさらせ、このポンコツ獣ぉおおおおっ!!」
理性は崩壊。殺すことに戸惑うことなく、キメラの眉間に剣は刺さる。
脳を破壊されたキメラは倒れ、火事場の馬鹿力並みの力を発揮させた少女に表情はない。
あふれた歓声に殺意は止まることを知らず、それでも少女は能面のような無表情で鎖に繋がられた。
最初のコメントを投稿しよう!