気負う必要はない

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「…おい」 返事はない。 「…いるんだろう?」 暗闇の中へ 男の声は吸い込まれるように消えていく。微かに聞こえる反響が、この建物の広さを 暗に示している。 「俺だ。…言われた通りに…持ってきたんだ。出て来てくれよ」 男の声色には恐怖が滲む。 だが、男は負ける訳にはいかなかった。 「出て来てくれ!頼む!…これで!」 言いかけた時、足音がした。 どこかに潜んでいたのだろう。何者かが、今ゆっくりと男に近づいていく。自分の存在と位置を教えるのは足音だけだ。 暗闇の性で顔こそ見えないが、足音の主は静かに男と対峙する。 姑息な… 男は奥歯を噛み締めた。 歯茎の圧迫される鈍い痛みが、この恐怖の中で男に正気を保てという。 足音の招待は知っている。数カ月前。突然 街にやって来て、一瞬の内に恐怖で統治した暴力団。そのリーダー格、東だ。
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