3人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
「で、そちらの方は? 何か分かったことはあったの?」
薄らと開かれた瞼の間から視線を投げ掛けられ、もう片方の人物が待ってましたと口を開く。
「ありゃあ、相当悪いぞ。《脇村八一》。名前だけでボロボロ出てきやがる」
大仰に溜め息をついてみせる。
「裏では有名らしいな。大物商売人(ぶろーかー)だとよ。数年前までは、同業者と組んで荒稼いでいたらしい」
そこで一度言葉を区切り、偽装(かもふらーじゅ)のためにかけていた丸眼鏡を外す。
左目の下に、小さな泣き黒子(ぼくろ)。
透明なガラスによってねじ曲げられていた眼光が、冷ややかな夜闇に晒された。
「へぇ、どんな?」
女が、ツンとした声を出す。
男の口許がにいやりと歪み、音もなく薄笑う。
「始めは、入れ込み役の同業者が、女を買うなり騙すなりしてこの業界に放り込む。
まずここで、奴等は多大な金を手に入れる訳だ。
女は、騙されたと知って怒り狂うだろう。
その間はしっかり息を潜めておく。
そしてようやく、女が色町の魔力に負けて、全てを諦め始めたときに、奴自身が女の前に現れる」
"可哀相に、"
"僕がなんとかしてさしあげましょう、"
少女の整った眉が、ひそめられる。
月影に彩られた目許は深く闇色に沈み、思案しているようにも、嫌悪しているようにも見える。
最悪の色、臭い、
壊れた世の中の、歪み。
この地では、
この世界では、
"慣れた軋みの音"
男は続けた。
質素でいて、時代から取り残されたような書生姿が、陰る月影に飲み込まれた。
「後は簡単。
女を別の、少しばかり待遇のいい店に移し、まるで誠実な男のように泣き付いて見せる。
"嗚呼、面目ない。
僕の力では、これが限界だった。
僕は結局、君をこの世界から連れ出せなかった"」
「エゲツない」
少女が吐き捨てる。
「嗚呼そうさ、」
男は、クツクツと喉を鳴らし、哀むように口を開く。
「まぁ、ここまで夜の裏で名の通ってる奴ァ、まともな手ェ、使うはずねェんだろうとは思ったがな」
「でも、これで謎は解けました。"商売女たちが、彼のことを殊更よく言うのは、そのためだったのですね"」
"ヨイヒトダモノネ"
"スバラシイカタ"
"アタクシヲ、"
"ワタシヲ、"
"救ッテクダサッタワ――"
最初のコメントを投稿しよう!