うるう月。愛を金に変える錬金術。

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「で、そちらの方は? 何か分かったことはあったの?」 薄らと開かれた瞼の間から視線を投げ掛けられ、もう片方の人物が待ってましたと口を開く。 「ありゃあ、相当悪いぞ。《脇村八一》。名前だけでボロボロ出てきやがる」 大仰に溜め息をついてみせる。 「裏では有名らしいな。大物商売人(ぶろーかー)だとよ。数年前までは、同業者と組んで荒稼いでいたらしい」 そこで一度言葉を区切り、偽装(かもふらーじゅ)のためにかけていた丸眼鏡を外す。 左目の下に、小さな泣き黒子(ぼくろ)。 透明なガラスによってねじ曲げられていた眼光が、冷ややかな夜闇に晒された。 「へぇ、どんな?」 女が、ツンとした声を出す。 男の口許がにいやりと歪み、音もなく薄笑う。 「始めは、入れ込み役の同業者が、女を買うなり騙すなりしてこの業界に放り込む。 まずここで、奴等は多大な金を手に入れる訳だ。 女は、騙されたと知って怒り狂うだろう。 その間はしっかり息を潜めておく。 そしてようやく、女が色町の魔力に負けて、全てを諦め始めたときに、奴自身が女の前に現れる」 "可哀相に、" "僕がなんとかしてさしあげましょう、" 少女の整った眉が、ひそめられる。 月影に彩られた目許は深く闇色に沈み、思案しているようにも、嫌悪しているようにも見える。 最悪の色、臭い、 壊れた世の中の、歪み。 この地では、 この世界では、 "慣れた軋みの音" 男は続けた。 質素でいて、時代から取り残されたような書生姿が、陰る月影に飲み込まれた。 「後は簡単。 女を別の、少しばかり待遇のいい店に移し、まるで誠実な男のように泣き付いて見せる。 "嗚呼、面目ない。 僕の力では、これが限界だった。 僕は結局、君をこの世界から連れ出せなかった"」 「エゲツない」 少女が吐き捨てる。 「嗚呼そうさ、」 男は、クツクツと喉を鳴らし、哀むように口を開く。 「まぁ、ここまで夜の裏で名の通ってる奴ァ、まともな手ェ、使うはずねェんだろうとは思ったがな」 「でも、これで謎は解けました。"商売女たちが、彼のことを殊更よく言うのは、そのためだったのですね"」 "ヨイヒトダモノネ" "スバラシイカタ" "アタクシヲ、" "ワタシヲ、" "救ッテクダサッタワ――"
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