宵の口。真実の咆哮。

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薄汚れた室内、数歩で制覇できるほどの小さな空間の端に置かれた鏡台で、女が長い髪を梳かしている。 長い、長い髪だ。 「起きたの?」 女が言う。 「ああ、」生返事を返した。 櫛が、光沢のある髪に差し入れられる。 癖のない髪は、素直にその身をそがれていく。 鼈甲細工の、 "ハテ、アノ女ハソノヨウナコウカナモノヲモッテイタダロウカ?" 僅かに垣間見得る口許は紅い。 紅い、紅い笑み。 「これ? 綺麗でしょう。私の宝物なんですの。 ……もしかして覚えていません? 貴方が買ってくださったものではありませんか」 ソウ、 "ワタシヲ売ッタ金デ、" 「お前、誰だ!?」 弾かれたように立ち上がる。 女は、一瞬不思議そうに目をしばたかせたが、すぐさま笑い声を響かせ、口を動かす。 ――あれは、アレハ、 "ヨウヤット、オ気付キニナリマシタカ、" "俺があの娘に買ってやったものではなかったか?" 女がすっくと立ち上がり、その長く美しい髪に手を伸ばす。 「大変でしたよ、貴方ったら、とても巧く隠れておしまいになるんですから」 その物体が、ズルリとのたうった。 現れたのは、さらりとした短パツ。 キリリと丸い瞳が、こちらを伺ってくる。 健康的な肌は、夜の光しか浴びることのないそれとは絶対的に違うもので、 女というより、 "少女"だ。 朝焼けの中、にっこりと微笑む。 赤で染められたそれは、狂気に駆られた羅紗のものにも見えた。 「はじめまして、わたくし、裏の呼ばうる籠輿――貴方方の言うところの"羊の檻"の外れに位置します館にて世話になるもの。 名を、三浦馨(みうら かおる)と申します――」
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