宵の口。真実の咆哮。

3/8

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
籠輿の外れ――、 「綿羊館、」 男の顔が、卑屈に歪んだ。 馨の瞳に宿った光が、冷ややかに陰る。 嗚呼、アレは、 "嘲りの笑みだ、"と――。 耳障りな哄笑が溢れ、粗末な世界を震わせる。 「売女の手の者が、俺に何の用だ? わざわざ忍び込んでみせたのか。 ハハッ、どうやら、あの色欲魔も救いようもなく手癖が悪いらしい。 ハツ、ハツ、早く来ないか。泥棒猫が忍び込んでいるぞ!」 呼び掛ける。 半ば、金切り声に近い。 何処へ? ――何処カヘ。 コンナニモ、 "狭イ空間ノ何処ニ?" 馨は、すうっと目を細めた。 「初瀬嬢は、いらっしゃいませんよ」 男が、訝しげな瞳を上げる。 「蛾座見(がざみ)には、朱燈(あけひ)嬢がいらっしゃる。遊女たちに人望の厚い、朱燈嬢がね」 アケヒ――、あの女は、 "俺を疑っていた" だからこそ、あまり蛾座見には近付かなかったのだ。 入れた遊女が少なかったのも――、 「生憎、朱燈嬢はわたくし共の、かつての顧客でしてね。事の次第を伝えたところ、快く協力してくださいました。この地区は、朱燈嬢の天下ですから、」 "あの男に関わった娘なら、全員知っています。 蛾座見は被害が少ないとはいえ、我が方も今回の件は憂慮しておったところ……。 説得してみましょう。 ――難しいですって? そんなこと、関係ありませんわ。 わたくしはこの蛾座見を知り抜いておりますからね。 それに、――" ラシャメンサマノ願イトアッテハ、無下にデキマセンモノ、 「初瀬嬢も、最後には納得しておられました。 さぁ、これで」 馨の瞳が、うっすらと細められる。 紅を塗った口許が、 "嗤っていた" 「逃げ道は――なくなった」 背後から、盛大な音が上がる。 粗末な引き戸の前、ひび割れた壁に背を預け、ひとりの男がにや、と笑っていた。 書生風の出で立ちに、似合わぬ卑屈な笑み。 そう、"アレ"は――、 梶井正久、 声が震える。 「梶井君、君はいったい――、」 角度によって垣間見える生身の眼球が、嫌と言うほど鋭く感じられる。 「ふふ、ふつかぶりですか、脇村サン。 どうです? 信じた者から裏切られる気持ちは。 嗚呼――そうそう。僕は貴方と、"ビジネス"の話をしたんでしたっけ。 あんなに食いついてきたということは、金はとっくに尽きたのですか。"アレダケノ大金ヲ" 残念ですが、僕は貴方の同業じゃあない。 貴方の尻尾を掴むため、入り込んだだけなのですよ」
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加