宵の口。真実の咆哮。

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女が何も答えないでいると、 「では、」 と、彼の前に立ちはだかる。 背はそれほど高くない。 しかしその姿と、他を威圧する雰囲気が、この奇人の存在を膨張させて見える。 あまりにも大きな、 恐怖――、 雨車は、その長い指を伸ばすと目の前の男の胸倉を掴み、ひといきに引きずりあげる。 あまりの力に、抵抗する暇もない。 「なにを……っ」 驚いた女が、悲痛な叫びをあげる。 頭は白い。 全ての事象は、予測がつかないのである。 面の下に隠れた瞳が、ついとそちらに向けられた。 吐き出されたのは、さも当然という吐息。 「"殺す"のですよ。貴女もおっしゃっていたではありませんか。 "殺しても殺したりない、社会の屑なのだ、と――"」 「しかし、それは――!」 悲痛、 悲壮、 哀れみ、 "サテ、コレハナンダ?" ――わたしは彼をうらんでいる。 どうなったって、 "イイハズジャナイカ、" 「貴女が許したとしても、結局は同じこと。貴女の他に、何万といる女性たちが、彼を許しはしないでしょう」 だから殺すのです、と雨車は手を伸ばした。 体温の感じられない指が、ヒヤリと首もとに触れる。 ひっ、と男が悲鳴をあげた。 「だっ……テメェ、何様だと思ってやがる! 今は戦後だ。民主主義だ。 だれが権力握ってもいねェ、国民ひとりひとりが、お上なんだよ。 それを、罪も裁かず殺すたァ、許される訳がねぇ。 古ぼけたジジィどもの頭ン中か、馬鹿軍隊どもくらいなもんだ。 はっ!兵隊さんだって、今じゃ威張れねぇ世の中よ。 嗚呼そうだ。 テメェにゃ、俺を殺す権限なんか――、」
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