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「げほっ、ごほっ……!」
目が霞む。
涙で潤む。
ゆっくりと機能を取り戻し始めたそれに映ったのは、美しい美しい、
"緋"だった。
雨車は、ゆらりと頭をめぐらせ、緋色に染まる己の手で目をとめる。
そして、今まで以上に冷ややかな声を。
「そんなことをして、満足できるとお思いなのですか?」
"明日香サマ――、"
明日香は、手にしたガラス片を僅かに震わせ、必死で歯を食いしばっていた。
生身の手に破片が食い込む。
その手を、服を鮮やかに彩る液体は、もはやどちらのものなのか。
戸口の梶井が、うっすらと目を細める。
嗚呼、この女、
卑屈な男は、泣き顔を上げ、果敢でありながらひどく怯えた背を見上げた。
嗚呼、この女は――、
"俺のために、人殺しを覚悟したのだ"
途端に涙が溢れ出す。
心からの涙だった。
俺はこの女を裏切ったというのに、こいつはまだ、俺のために夜叉になるというのか。
手にした破片を放り投げる。
べったりと血糊のついたそれは、所々に飛沫を散らせながら、嫌に乾いた音を立てた。
「アタシが全責任を持ちましょう。彼には今後、馬鹿なことはさせません。つぐないもしっかりいたしましょう。たとえ――、」
一生かかったとしても、とうっすら目を伏せた。
雨車はただ、沈黙した。
「その側に、貴女はおいでなのですか?」
赤い異人の背後から、戸口に背をもたせかけた梶井が問う。
女は、一瞬の躊躇をみせた後、ゆっくりと、事態を飲み下した。
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