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「我が綿羊館は、全ての者に門戸を開いている訳ではございません」
磨き上げられた、上等な革靴。
「それは、我々がこの行為自体を生業としている訳ではないことと同じこと、」
スラリと長い足を包むズボンは皺一つなく、
「そう、我々は――」
シャリン。
袖先につけられた鈴が、音を立てて跳ねる。
「我が主は、この行為を職としては、おりません」
羽織られたスーツは形が特異で、奇術師を連想させた。
「ならば何故、このような奇特なことを行うのか」
しかし、一番奇妙だったのは――、
「それがただ、面白いからである、」
その顔を覆う、狐の面であった。
彼は、大理石の床に下り立つと、踵を合わせる。
小気味良い音が、りんとした空気を震わせてゆく。
胸にあてられた細い指、垂れた頭の先で、シルクハットから突き出した兎の耳が、僅かに揺れる。
「お初にお目にかかります、わたくし、この館を任されております、"雨車(うるま)"と申す者。
今年初めての未を名に持つ今夜、この門を潜られた明敏なる貴女。
さて、貴女はいかな理由でいられたのか。用件は如何(いかん)?」
大仰に広げられた2本の腕。
その先では、黄金色に染め上げられたふたつの鈴が、ひかえめな音を響かせている。
特異な姿。
立ち居振る舞いもどこか超越していて、妙な違和感を残す。
何より、この、
狐面に、兎耳のシルクハット。
姿だけを見ると、不思議の国のアリスからでも抜け出て来たようなのだが、しかし顔を覆う和風の狐面が、全ての調和を乱しているのだ。
そして、一つだけ分かったこと。
どうやら彼は、
"この館の主ではないらしい"
――それもそうか、と心が呟く。
この館の主人は、よくも悪くも絶世の美女だそうである。
輝くばかりの容姿に、優れた教養、切れる頭脳と、立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
そのあまりの完全さに、ある者たちからは"倒国"の名で呼ばれているそうである。
噂に聞く姿とは全く――性別すら違ってしまっている。
嗚呼、ならば、
きっ、と、瞳を上げ勝ち気にほほ笑んだ。
"コレは、取るに足らない――"
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