解ってた。裏切られたんだ、って。

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「貴女――ASの方ね?」 衝撃が走った。 何故? 何故アタシが、"進駐軍相手の遊女だと分かった?" 言葉を失うと、目の前の女は満足したのかクックッと喉を鳴らす。 「整った身なり、栄養状態もよさそうですし、このご時世、汚れ一つない肌など、一般的には有り得ません。 皆、どんなに泥まみれになっても生きていくのに必死ですもの。 今の社会で、衣食住が確保され、尚且つわたくしのような者の存在を見聞きできる人間は、――」 RAA――、涼やかな声が、煙とともに溶けて消えた。 彼女はここで、再びキセルを口に運んだ。 ゆったりとした時間。 本当にここは、この世なのだろうか。 本当にこの女は――、 口許がゆがむ。 奇妙なことに、笑みの形に落ち着いたようだ。 一歩、足を進める。 あまりに背徳的でありながら、あまりに美しい"羅紗綿"の方へ。 「お分かりになるのでしたら、話は簡単です。 貴女の読み通り、アタシは警視庁直轄の公娼ですわ。 ふふ、そう考えると、アタシと貴女は同じですのね。 だって、アタシたち――、」 "あの憎き敵兵を相手に、弄ばれることで明日を食いつないでおりますもの" 言葉に表さなかった自嘲は、それ以上の皮肉を含む。 ギラと瞳が光る。 "貴女は、たった一人にしか遊ばれない" ――嗚呼、何と憎いことか、 "しかし、アタシは公に認められた者、" ――後ろ指さされるのは同じでも、 貴女とは、 "単なる囲われ女とは違う――" ゆったりと、濃い紫煙が漂ってゆく。 時間が、密度を増して、あふれてゆく。 煙から生まれた蛇が、退屈そうに欠伸を噛み殺した。 「ふふ、」 あははっ、 急に木霊し始めた笑い声の主は、美しい髪をはらりと垂らし、その間から光る瞳を覗かせる。 鮮やかな着物の赤と、光りによって緑にすら見える長い髪。 美しい漆黒の瞳が、危うい中にも見事なバランスを保っている。 「面白い人。あの子が気に入るのも分かる気がするわね」 「気に入る……?」 訝しく思い、眉を顰める。 主は、裾がはだけることすら気にせず、優雅に足を組んだ。
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