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解ってた。裏切られたんだ、って。
認めたく、なかった。
この地の"夜"は明るい。
狂ったように明るい。
両側に聳える木造平屋の格子窓から、ひと筋、ふた筋、明かりが漏れて、隙間から伸びる生っ白い腕を陰陽に塗り込める。
「ヨッテッテ、ヨッテッテ」と右から呼ばれれば「アソビマショ」と左からもお声がかかる。
それでいて、この姿を認めると、途端に蔑みを込めてクスクスと笑い出す。
ぬらり、伸びた手が、ふたつみっつと増えてゆく。
救いを求めるがごとく、ゆらめき、手招くそれは――。
広く整備された道は、幾多の提灯に彩られ、まるで異世界にでも迷い込んだかのようだ。
混迷を極める世界すら置き去りに、煩わしい全ての物から切り離されたように振る舞う世界。
だからこそ、認めたくなかった。
――アァ、アタシハコレヲシッテイル――
どこかで、大きな物音がした。
そして、罵声。
――ネットリト、マトワリツク、コノクウキ――
光を拡散させていた金魚鉢が、乱暴に蹴り倒される。
――肌ニ溶ケイッテ、理性ヲ食ラフ、黄金色ノ光タチモ――
天井に、砂利道に、投げ掛けられていた光の波が消えた。
――アカイ、アカイ、アカイ――
紅い金魚が、広がり続ける水溜まりの中で、苦しげに跳ねた。
――ゼンブ、――
息が止まった。
薄らと開かれた格子窓。
男の広い背の奥に、白い肌が見えた。
生っ白い、
不健康な、
肉付きのいいそれは――
化粧の施された瞳が、ついとこちらへ向けられた。
息、が、
――ゼンブ、
狂ッテイル――
紅を引いた口許が、にいやりと引き上げられる。
――嗚呼、
『アンタモ、』
――全テ、全テ――
『オンナジデショウ?』
だからこそ認めたくなかったのだ。
だって、ここは――、
"アタシノ住ム世界とオンナジナンダモノ。
モット猥雑デ、エゲツナクテ。
モットモット救イヨウノナイトコロダケド、
オンナジナンダモノ――"
込み上げて来た胃液に、噎返った。
膝を折り、近くなった地面には、数え切れない人々の狂気が、影絵写しとなってクルクルとまわった。
――アレハ、アタシ。
アタシトオンナジ。
顔を上げた。
気持ち悪さで、世界がぼやけていた。
――ハヤクシナイト、トリコマレテシマ、――
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