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入道雲を視界の端に捕らえ、私は家路を辿る足を早めた。
蒸れた空気に辺りから聞こえてくるセミの声が、更に気温を上げているかのように錯覚させる。
汗で体に張り付いたシャツをつまみ、バタバタと扇ぐがあまり涼しさは得られない。
いっそ、夕立に打たれ体を冷やそうかとも思うが、家まではまだ少し距離がある。夏風邪は引きたくないのでこの案は当然私の中で否決されたのだが、しかし模試で疲れた頭を冷やしたい。
いや、試験だけではないか。
夏休みでしばらく会えなかった彼に、久々に会えたのだ。
試験中も、彼の顔を横目で見てしまった。
真剣に問題を解く眼差し、答が解らず困惑する表情、試験時間より早く解答し、机に伏せた寝顔を。
何気ない、いつもと変わらないはずのものだったが、それを見た私は彼に会えない残りの休みも頑張れる気がした。
そんな事を考える自分が可笑しいのか、彼の表情を思い出したせいなのか、私はニヤニヤと笑っていた。
顔の笑みと共に私は足を進めた。
だんだんと家が近づき、しかし雨雲は既に私の頭上にあった。
ポタポタ、と雨粒が降ってくる。
頬を伝う雫があごの先から滑り落ち、陽に焼けたアスファルトに黒の点を打つ。
雨は突如としておびただしい数で黒点を増やし、地を濡らす。
そして、傘など持っていない私はそれに打たれ続ける以外に術はなく、当然の如く、ずぶ濡れに。
しかし、恋する乙女の熱に浮かれた頭は雨に打たれた程度では冷めない。
水も滴るいい女、なんて太陽系の外まで飛んでいったかのような妄想を続ける。
ふと、意識を現実に戻すと我が家はすぐ目の前まで迫っていた。
こんなに濡れていたら母親に叱られるから、今日はお風呂に直行しなければ。とか、体調を崩したら面倒だなあ、とか。
そんな事を考えてながらも、何時もより軽い足取りで、家の扉を開けたのだった、まる。
fin.
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