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ずっと両手で持っていた膳を、そっと小さな鳥居の脇に置いて、塀とお社の間を覗きこむ。
誰もいない、よね。
それもそのはず。
僅か15㎝くらいしかない隙間に、人が隠れているわけがないのだから。
それでも、確認せずにはいられない程に、はっきりと聞こえた『さくら』と言う声。
あの声は、確かに私を呼んでいた。
寒さとは違う、ゾクリとする悪寒がはしる。
これみよがしに、隣はお寺。
日が落ちて、薄暗くなった人気の無い墓地が、低い塀越しに目の前に広がっているのだ。
物心つく前から見慣れたその景色も、今の不可思議現象の後では気味悪く感じる。
山の木々が、バサバサと揺れた。
ビクッとして、暗くなった山の木立を見上げる。
もうこうなると、ただ鳥が羽ばたいただけだろうと思われる木の音も、塀の際で生やしっぱなしの草達が風にたなびくサラサラという音さえも、得体の知れないモノへの恐怖心を煽るんだ。
否、それ自体が怖いモノへと姿を変える。
いつもの私なら、今の自分を『フッ』と失笑するに違いない───が、そんな余裕はなかった。そそくさと膳を持ち上げて家へと急いだ。
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