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仕事を終えて、待ち合わせ場所に決めていた駅前の喫煙所に行くと、友人はすでに到着していた。灰皿の横に頭を下げて座り込んでいる。当たり前だが、遠くから見ても落ち込んでいるのがわかる。負のオーラをまとい、少しでも触れたら、崩れて砂になり、風に飛ばされてしまいそうだった。
目の前まで来ても、友人は僕に気づかない。仕方なく、「お待たせ」と言った。すると、友人はゆっくりと頭をあげて、しばらく僕の顔を見ると、念仏を唱えるかのようにぶつぶつとこう言った。
「知らない街の、知らない居酒屋で、知らない酒を死ぬまで呑みてえ」
「わかった。付き合うよ」
「サンキューでーす」言葉に力が無さすぎて、僕の鼓膜はたいして震えなかった。
電車に乗ると、友人は座席には着かず、ドアに寄っ掛かり、外をずっと眺めている。僕は、座席に着き友人を見守る。時折、友人のため息の音が僕まで届いてくる。隣に座っている二人の女子高生が、「あの人。落ち込んでる感、だだ漏れじゃね?」と、少し笑いながら言った。「だろ。あの人、プロポーズ断られたんだぜ。だから、だだ漏れてんだよ」なんて言える訳もなく、二人の女子高生の友人イジリを、黙って聞いていた。「電車の揺れに身体を合わせるの上手すぎ」
三回、電車を乗り継ぎ、僕と友人は知らない街に到着した。駅の看板を見て、次の瞬間には忘れてしまうぐらいの自己主張のない名前だった。印象の大切さを、この駅は教えてくれる。
友人は、何も言わずに、まるで少し宙を浮いてるかのように、すーっと歩いていく。僕は、友人の後を地を感じながらついていく。改札を出ると、バスのロータリーとタクシー乗り場があった。少し歩くと、居酒屋、キャバクラ、カラオケ屋、大人の店。サラリーマン、キャッチ、同伴キャバ嬢、黒人、悪そうな人。香水の匂い、酒の臭い、変な臭い。夜の街の全ての要素がここにはあった。自己主張のない名前は、きっとカモフラージュで、本当はとてもギラギラしている街だった。
「すごいな、この街」僕は言う。
「サンキューでーす」友人は言う。
友人が、相当キテる! と、僕は心の中で叫んだ。
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