駅のホーム

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「すいません。レゲエパンチ四つ」友人が、食器の山を必死に運んでる男の店員に言った。男の店員は、接客業の概念をぶち壊すような表情をみせ、「はい、かしこまりました」と、少し怒りを混ぜていった。 「何か大声で歌ってましたよね?」僕の隣に座っている、アゴヒゲの男が言った。 「ああ。大声で歌いたい時ってあるだろ」友人が言う。 「あります、あります。俺、何か良いことがあった時とか、歌いたくなりますね。周りの人とかに知ってもらいたいんですよ。喜びを共有、みたいな」友人の隣に座っている、眼鏡をかけた男が言った。 「人は歌うんだよ。声は、誰かを傷つける為にあるんじゃない。歌うためにあるのさ」レゲエパンチが四つテーブルに置かれた。 「名言にはならないぞ。それ」ぼくは、カッコつけている友人に言う。 「じゃあ、諸君。レゲエパンチを持ちたまえ」友人に僕の言葉は届かない。  四人の男は、細いグラスに入ったカクテルを持ち、上に掲げる。グラスは、照明に照らされ、光を放つ。友人の、乾杯の合図で四つのグラスは重なり、音を鳴らす。僕達は、カクテルを口に運び、一気に飲み干した。 「レゲパンとか普段飲まないから、何だか新鮮っす」眼鏡の男が言った。 「たまにはいいもんだ」アゴヒゲの男が言う。 「だろ。たまにはいいんだよ」友人が言った。 「そう言えば、今日は何かの集まりなのか? 奥の個室で騒いでたろ」僕は、隣のアゴヒゲの男に訊いた。 「はい。ダチの結婚式だったんです」 「えっ?」 「いつまでも結婚しないから、俺逹で煽りまくったんです」眼鏡の男が言う。 「五年近く付き合ってて結婚しないなんて、ありえないっすよね」アゴヒゲの男が言う。 「いや」僕は、微妙な返事をする。  友人を見る。下を向いていた。これはまずいと思った。この状況をどうにかしなければ。酔ってて頭が回らない。 「おめでとう」 「ん?」 「本当に、おめでとう」  友人から出てきた言葉は、祝福の言葉だった。 「おめでとう」友人が顔を上げ、言った。 「ありがとうございます」アゴヒゲと眼鏡が言う。  友人は真っ赤に染まった顔を、世界中の人が素晴らしい、と言いそうな笑顔を見せた。僕は、彼の友人であることに誇りに思う。 「ありがとう」僕は言う。 「何でお前が言うんだよ」友人が言った。 「ありがとう」僕は、もう一度言う。  僕は、友人に向かって、何度もその言葉を言った。
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