駅のホーム

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 それから僕と友人は、アゴヒゲと眼鏡が使っている個室に向かった。酒の力で図々しさと勇気を手に入れた僕達は、初対面の人にも昔からの知り合いのように馴れ合う事が出来た。  個室には、男女合わせて十人以上の人が居た。僕と友人が部屋の中に入ると、みんなが一斉にこっちを見て、一瞬動きを止めた。少し警戒しているように見えたが、友人がグラスに入ったレゲエパンチを高らかに上げ、「おめでとう」と叫ぶと、部屋の中に居るほとんどの人がグラスを上げ、「おめでとう」と叫び返してきた。もはや、「おめでとう」が、誰の為に言っているのかわからなくなってきた。友人は、部屋の中に入り一人ずつグラスを合わせ、「おめでとう」と言い、奥に進んでいく。僕も、同じように進み奥の空いている席に着く。 「みんな、今から飲み物はレゲエパンチ以外注文するな。この店のレゲエパンチを空にしてやろうぜ」アゴヒゲが言う。 「はあ? なんだよそれ」誰かが言う。 「いいか。この素晴らしき世界に、レゲエパンチを生み出してくれた人に感謝しながら飲め」アゴヒゲが言う。 「誰だよ、生み出した人って」誰かが言う。その質問に僕も激しく同意した。 「知らねえ。でも、感謝しろ」アゴヒゲはそう言った後、大きなゲップをした。  店員が来て、眼鏡がレゲエパンチを十四つ頼んだ。店員は、少し表情を崩すと、「かしこまりました」と言って、襖を閉めずに行ってしまった。  みんな笑顔だった。楽しそうに何かを喋り、美味そうに酒を飲み、立ち上がってパンツを脱ぎ股間を皿で隠しながら踊る男がいたり、宴とはこういうものだ、と僕と友人に教えてくれるようだった。もしかしたら、僕達がこういう宴をしていたかも知れない。そう思うと、少し胸が締め付けられる。 「大丈夫ですか?」隣に座っている髪の長い女性が心配そうに僕の顔を覗き込み言ってきた。 「いや、大丈夫。ちょっと飲みすぎたみたい」 「私、ウコン持ってますよ。本当は飲む前の方がいいんですけど、もしかしたら今からでも間に合うかも」そう言って髪の長い女性が鞄からウコンのサプリメントを出してくれた。「はい、どうぞ」優しい女性だ。 「ありがとう」僕は、目の前にあるウーロン茶でウコンを飲んだ。 「私、世話好きなんです」髪の長い女性は、もう一度僕の顔を覗き込みながら言った。胸の谷間が見えた。  本当に優しい女性だ。
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