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「あ、そろそろ映画始まる」
「あそうだね。行こっか」
切り替えの上手い茶美が
素早く伝票を奪ってレジに向かうから焦る。
え、待って、
今日は私の奢りなのにっ。
「ちょっと待って今日は私が」
「いいよ。次ね、次」
私が払うよと何回言っても同じだけ断られてしまい、せめて自分の分だけでもと思う気持ちすら、軽く笑う茶美には受け取ってもらえなくて。
こんなに女の子扱いされて
これじゃあまるで本当にデートみたい。
なんて、
また意識して一人で照れてしまう自分がいた。
映画館のフロアに着いて受付を済ませる。
せめてものお返しにと、茶美の分と自分のドリンクを買って手渡したら喜んでくれた。
まだ明るい場内。
後ろの方の列の真ん中に座って、携帯の電源を切ろうとしていたとき、茶美がボソッと口を開いた。
「ごめん」
「ん?え、なにが」
「さっき。湯野さんのこと。言いすぎました」
驚いて茶美を見れば
一瞬合った目はすぐに逸らされる。
「……いーよ。だってたぶん、本当のことだし」
「ごめん。けど、美月が辛い思いするのは無理。それだけは許せない」
「またそんな大げさな、」
「大事な人だから」
「………………」
どんな顔をすればいいのか分からなかった。
もう一度見た茶美の目はまっすぐこっちを見ていたから。
ふっと空間が暗転して、優しくも切なげなその瞳が見えなくなる。
暗くなった場内。静かな空間。
自分の心臓の音だけがやけに聞こえてきて焦る。
予告がスクリーンに流れ始めても、やがて本編が始まっても、全然集中できる気がしなかった。
楽しみにしたいた最新のSF映画は頭を使うような内容じゃなくて。
余計に別のことが脳内によぎってばかりいた。
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