シンプル

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─── 事は、一週間前に遡る。 仕事終わりの帰り道。住宅街の夜道を、赤い満月と街灯が照らしている。 昼の蒸し暑い外に放られ、ムダに長い勤務時間。更に行き帰りのピーク時満員電車。それらは見事に僕の下着とワイシャツを汗塗れにした。お陰様で、スーツを脱いで火照った体は夜風に冷やされて心地よい体温を維持出来ている。 「ふう」 一息ついて缶コーヒーを飲む。アパートの下の虫だらけの自販機。買ってその場で飲む事は、派遣社員として勤めてからの日常の中に入っていた。 コーヒーを飲み干してふと見上げたアパートの真正面。そこには大きな屋敷があった。 そこは、近所じゃ有名な幽霊屋敷。まず外観はゴシック調。細かい装飾が施されているあたり結構な金額はかけられているんだろう。自他ともに認める平々凡々な僕には全く見当のつかない金の使い方だ。 それに加えて屋敷自体のバカでかさと巨大な門。それにぶら下がっている鐘。この町では待ち合わせ場所なんかに使われている。 この屋敷の噂は多く、大袈裟なものだと、名の通り幽霊が見えるとか、変質者が住み着いてるだとか、終いには死体が集められては丁寧にコレクションされているだとか。 内容が小さいものになってくると、噂というよりはジンクスに近いものばかりだ。 今夜の赤い満月には主に暗い噂を本格的に連想させられる。 ただ、実害は無いし、近辺の大きな事件はひったくりとかぐらいのものだ。こんな屋敷の人間がそんな事するとは思えないし。不法侵入の被害なら受けそうなもんだけど。
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