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震えるように葉が鳴り響き、力強い娘の明澄な声が樹木をすり抜ける。
心酔したいところだが、残念ながらそんな場合ではない。
「ふむ……ここから遠くない場所のようですね」
独り言を呟くと瞼を閉じ、本来の一角獣としての聴力を頼りに居場所を探る。
――帰りたい。
「よりによって神苑の廃墟とは……」
長い吐息をつく。
森を掌握してる者でも、下手すれば永久に迷いこむいわくつきの場所である。
よくそこまで行けたものだ。
屋敷に残した彼といたら、明らかに迷子になるだろう。
声と風の鳴らす木葉以外は寂然としている。
主と令嬢の性格は真逆だが、微妙なところで似通ってる節がある。
そういう点はさすが血筋、と納得せざるをえない。
渋々青年は岩石から降りた。
「はぁ……。昼になる前に連れ戻すとしますか」
優先すべきことを念頭に気配を隠し、慎重に歩を進めた。
心地よい歌声が薄暗い森を淡く灯す光のようだ。
一抹の澱みもなく、小川のように浸透していく。
――愛おしそうに狂おしく旋律を変えながら。
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